【明治150年記念】現代に生きる水戸藩の歴史を巡るツアーに参加してきました!


投稿日:2018年10月29日   投稿者:観光いばらき特派員

こんにちは、観光いばらき編集部の根本です。
10月21日に開催された「明治150年記念 現代に生きる水戸藩の歴史を巡るツアー」に参加してまいりました!


今年は明治元年(1868年)から満150年にあたる年。
「明治150年」を記念して、全国各地で様々なイベントや取り組み、施策が進められています。
これを契機に、日本を、茨城を改めて学び、それを広く伝えたいと
茨城県内でも多数の取り組みが行われているところです。
中でも、幕末~維新の激動の時代において「水戸」は重要なキーワード。
今回のモニターツアーは、「観光」という目線から、幕末・明治維新で水戸が果たした大きな役割についてや
いまもなお触れることが出来る、歴史の軌跡を紐解く内容でした。
というわけで、今回はツアーの参加レポートをお届けしたいと思います。


まずは、レイクビュー水戸で行われた明治150年記念講演会「現代に生きる『明治維新と水戸』」を拝聴しました。


講演会は、アメリカ・イェール大学博士研究員のマイケル・ソントン氏を講師に招いての基調講演と、ゲストを招いてのパネルディスカッションの二本立て。

主催者として、茨城県営業戦略部観光物産課・橘川課長の挨拶。

内閣官房「明治150年」関連施策推進室長の時澤忠氏も会場にいらしていました。


講師のマイケル・ソントンさんは、日本語が堪能で驚きました。というのもソントンさんは神戸生まれで、18歳まで日本で暮らしていたのだそうです。

そして、イェール大学で学んだ後にハーバード大学大学院歴史学科で博士号を取得。
北海道の幕末から開拓使時代における研究をはじめ、日本の近代史を研究している歴史学者です。


両学ともに名門中の名門。貴重なお話を聞ける機会ともあって、会場は満員御礼!

予定していたよりも多くの参加者が集い、急きょ椅子を追加しての開催です。

本講演のテーマは「アメリカの研究現場から見た明治維新と水戸」。
長らく続いた江戸幕府の倒幕運動、そして明治維新という激動の時代。その機運の口火を切った大事件が「桜田門外の変」です。
井伊直弼を襲撃したのは、薩摩藩士1名と水戸藩脱藩者17名。
この桜田門外の変については、海外でもセンセーショナルな内容として伝わっているそう。ソントンさんも興味を持ち、水戸市へ足を運んだと話していました。

また、海外における「水戸」の研究では・・・彼ら尊攘の烈士たちをはじめとし、水戸藩で重んじられてきた「水戸学」の思想が明治維新に少なからず影響を与えていたと考えられているそうです。
「水戸学」とは文字通り水戸藩で起こった学問のこと。

元は「水戸黄門」こと徳川光圀による「大日本史」編纂事業に端を発したものです。

光圀公が重んじていた儒学や史学、政治思想論など多岐にわたる学論を内包していて、水戸だけでなく全国各地の多くの名士が学んだと言われています。

ちなみに、江戸時代後期に水戸学の中心的人物として活躍した藤田東湖は、かの西郷隆盛とも交流があり大きな影響を与えたそう。
水戸市内には、弘道館や偕楽園、常磐神社などなどそんな水戸学の由縁に触れられる場所がたくさん残っています。
とはいえ残念ながら実際に水戸まで足を運ぶ人は少なく、水戸学についての研究も多くないのだとソントンさん。
そんな見落とされがちな水戸の視点、水戸の魅力、歴史的価値、今なお根底に息づく水戸学の教えを見つめ直すことの大切さを、ソントンさんの講演で改めて気づくことが出来ました。皆さんをおもてなしするには、まず私たちが知るところからですね。

第二部ではソントンさんに加え、茨城県鹿嶋市にある清真学園教諭の稲葉寿郎さんがパネラーとして登壇。さらに橘川課長がコーディネーターを務め進行しました。


実際に明治期以降活躍した中で、水戸学、水戸にゆかりのある人物として「近代日本経済の父」渋沢栄一や「太平洋の架け橋」新渡戸稲造、「日本初の保母」豊田芙雄など著名な名前が挙げられ驚きました。
稲葉先生からは、旧水戸藩領内だけに留まらず江戸~水戸の広範囲で幕末・明治維新期の水戸ゆかりの地をめぐる一泊二日のモデルコースの提案も。
清真学園高校と稲葉先生については、過去こちらのブログ→「DEEPいば旅モニターツアー」でも取材させて頂きました。

「発掘!ディープいば旅コンテスト2017」最優秀賞を受賞したのが清真学園高校の学生さんのプランでした。

同コンテストのプランを紹介しているパンフレットはこちらから電子版でご覧いただけます

→ http://www.ibarakiguide.jp/pamphlet.html
今回も、先生の豊富な知識やアイデアに感服しきりです。
午後の見学ツアーでは、この清真学園高校の学生が説明や案内をしてくださいました。

ちなみにソントンさんは現在アメリカ在住だそうですが、

水戸ど真ん中再生プロジェクト M-HISTORY」として外国人歴史学者から見た視点での「明治維新と水戸の物語」の本を英語、そして日本語で出版すべく活動しています。

講演会には同プロジェクト座長の堀義人さんもいらっしゃっていました!
英語版は2019年秋に出版予定だそうです。


さて、講演会終了後はさっそくバスに乗り込んで、水戸市内をめぐる魅力発見・体験ツアーに出発です!


まずは、千波湖のほとり「とう粋庵」で昼食です。
水戸黄門でおなじみ、水戸藩第二代藩主・徳川光圀公は食に関してとても造詣が深く、多数の逸話が残されています。
平均寿命50歳といわれた時代に、73歳の長寿をまっとうした光圀公。その健康の秘訣のひとつが食で、「医食同源」の考えを重視し漢方も食事に取り入れていたのだとか。
常陸太田の河合米や、那珂川の鮭、久慈川の鮎などなど領内の美味しい物にも詳しかったようで、今で言う「地産地消」の先駆者とも言えますね。
他にも、光圀公と言えば白牛酪(チーズの一種)や餃子を日本で初めて食した人物、という説も有名。
そんな光圀公が生きていた当時の食文化を記した記録、文献を紐解き現代版に復元したのが「黄門料理」です。


清真学園の生徒さんがお手製のフリップと共に解説してくれました!

前菜の「ご長寿前菜八点盛」には、前述の「白牛酪」や光圀公も好んだ黒豆納豆なども盛られています。

皆さん、「これは何だろう」「初めての食感!」と興味津々です。
お造りには大子産湯葉、揚げ物には納豆、食後には奥久慈茶と、地域の名物がふんだんに使われているのも特徴的。


まごころ豚のつゆしゃぶは、大粒の梅でさっぱりと食べられると特に女性参加者に好評のようでした。
黄門料理は、こちらのとう粋庵はじめ水戸市内の9店舗で提供(※要予約)。
歴史に想いを馳せながら舌鼓を打ったあとは、千波湖を眺めてからバスへ戻りました。


この日はとっても気持ちの良い快晴!散策にはもってこいの陽気です。


次の目的地は、千波湖からも見えた「偕楽園」です。

言わずと知れた日本三名園のひとつですが、藩主が楽しむための庭園として作られた兼六園、後楽園と異なり、偕楽園は領民の休養の場所として徳川斉昭公が造成した公園です。


まずは表門から入園。

偕楽園は陰陽の世界観を意識して作られており、園内をまわるにあたってお薦めのルートがあります。

まず表門から入り、一の木戸を抜けて「陰の世界」へ。背の高い孟宗竹と杉、そして熊笹が生い茂っています。

さてここで、清真学園生徒さんからクエスチョンです。

斉昭公が杉を植えたのには理由があります。とある使い道に利用されたのですが、さて、一体何に使われたのでしょうか?

答えはこちらです。

また、竹は弓の材料になり、また熊笹は防腐・殺菌作用に優れていることなど備蓄としても有用。
静かな空間は心を平静に導くだけでなく、合理的な意図もあったのだという解説に、参加者は「なるほど~!」と感銘を受けていました。


続いて、「陽の世界」へ。

好文亭三階から望む絶景や、亭内の趣きある意匠は参加者たちにも大人気。皆さん、たくさんお写真を撮られていました。


また、偕楽園といえば、毎年早春の観梅が有名ですが・・・桜、つつじ、萩、二季咲桜と四季折々の花を愛でることが出来るのです。

ちょうどこのツアーの日も、萩と二季咲桜の花を見ることが出来ました。

ちなみに偕楽園の萩は創設時に仙台藩から譲り受けた宮城野萩が中心。

余談ですが、伊達の殿様との交流といえば、徳川ミュージアム所蔵の「刀 燭台切光忠」を思い出します。徳川光圀公が、伊達政宗公から譲り受けたという一説があるそうです。


偕楽園東門から出て常磐神社の前へ。常磐神社は、「義公」徳川光圀公と「烈公」徳川斉昭公を祀る神社です。

偕楽園駅近くのバス駐車場へ降りていくと、更に注目したいスポットが・・・


こちらの像は「農人形」といわれるもので、徳川斉昭公が青銅で作ったこの農夫の人形を食事の際に卓へ置き、米をお供えして農民たちに感謝の念を送ることを大切にしていたという謂れがあります。
かの新渡戸稲造氏もこの考えに感銘を受けて、農人形を作って配ったのだというエピソードが午前の講演会でもありました。
偕楽園へいらした際には、ぜひこちらの農人形像も見つけてみてください。

次は、「弘道館」へ向かいます。偕楽園と共に、日本遺産にも登録された場所です。

偕楽園と同じく斉昭公によって創設された藩校。「一張一弛」の考えに基づき、厳格な学びの場である弘道館と心身を休養する場としての偕楽園は一対の施設として作られました。
弘道館は、当時の藩校としては日本最大規模だったと言われています。文武はもちろんのこと、医学や薬学など幅広い武士教育を行っていました。

まずは正門前で解説からスタート。正門は、藩主の来館など正式の際にしか開門していませんでした。今でも、特別に一般開放される日があるそうなので、ぜひチェックを。
この正門はじめ、弘道館内の壁や柱をよく見てみると傷や穴を見つけることができます。これは、幕末期に起こった「弘道館戦争」と言われる保守派・諸生党と改革派・天狗党の抗争による実際の傷跡です。幕末期の生の痕跡に触れることが出来る場所なんです!


正庁正席の間に掲げられた。弘道館建学の精神を記した「弘道館記碑」の拓本。その内容を紐解けば、維新の隆起にも影響を及ぼした「水戸学」の思想が感じられます。
奥へと進んでいくと、徳川慶喜公が大政奉還後の明治元年に謹慎生活を送っていた「至善堂御座の間」が。

弘道館戦争の戦火、そして太平洋戦争の空襲で多くの建物を消失しましたが、正門・正庁・そして至善堂は奇跡的に創建当時のまま現存しています。

というのも、水戸の大事な宝、礎を守ろうとする市民たちの懸命な消火活動があったからだとか。
幕末から明治、そして今に至るまで歴史を繋ぎ、当時の空気を体感できる重要な場所。
ぜひ皆さんも足を運んでみてください。

続いては、「回天神社・常磐共有墓地」へ。

墓地!?と驚くかもしれませんが、敬意を持って偉人の墓をお参りし、その足跡に想いを馳せる方も多いのです。

この常磐共有墓地のはじまりは、光圀公が藩士たちのために創設したもの。中には、水戸黄門の「格さん」のモデルと言われる安積澹泊のお墓や、水戸学の中心的存在である藤田幽谷・東湖父子のお墓もあります。

また、桜田門外の変に参加した烈士や、幕末に尊皇攘夷を掲げて死した藩士、志士たちを祀るのが回天神社。

水戸で幕末・明治維新の足跡を辿るなら、訪れるべき場所のひとつです。

あっと言う間に外は暗くなり、ついにツアーも最後の目的地になりました。

水戸駅で清真学園の皆さんと別れた後、バスは亀じるしの「お菓子夢工場」へ向かいます。

途中、千波湖ではこんな素敵な夕景を見ることができました。

お菓子夢工場に到着すると、まずは併設の「お菓子の博物館」を見学。

こちらは団体見学のみの受付となっており、個人では見ることが出来ないのですが中はこんな可愛らしい雰囲気です。

懐かしいお菓子のパッケージも見ることが出来たりと、皆さん楽しんでいらっしゃったようです!
お土産には、水戸銘菓の「水戸の梅」「吉原殿中」が人気。そして、亀じるしといえばどら焼きも名物!餡が美味しいんです。


昼食の中にもあった「のし梅」も、美味しかったと好評で、お買い求めの方も多くいらっしゃいました。

これにて、ツアー全行程が終了です。
普段、茨城に暮らしている私にとっても新しい発見や気づきの連続で、盛りだくさんのツアーでした!
ツアーを案内してくれた、清真学園高等学校の生徒の皆さん、そして稲葉先生です。ありがとうございました!


なんと生徒さんは4名とも1年生だそう。分かりやすい解説で、ツアーの楽しさがいっそう増しました。
皆さんも、記念すべき明治150年に、茨城に残る歴史的遺産を巡ってみてはいかがでしょうか。
観光いばらきでは、水戸をはじめ茨城県内の観光スポットやイベントをご案内しています!